「ぐっすりへの道」 第一話:睡眠とは
・なぜヒトには眠りが必要なのか?
ヒトの睡眠は単に動かず目覚めていないという受動的な状態ではなく、生物が進化していく中で複雑な過程が関係した生命現象であり「進化の過程で動物として獲得した形質※」と「人間が脳を特異的に発達させてきた過程で獲得した形質※」が混在している現象と言われています。つまりヒトの生命活動において必要な休息と修復・機能向上を行う大切な生理現象なのです。
※形質:生物の持つ形態や生理、機能上の特徴。遺伝によって次世代にも表れる。
・ヒトが寝ているという定義は?
睡眠が系統発生的にどの段階から発生するかについては、睡眠の定義により異なります。「行動睡眠」の特徴としては(1)不動状態が長く続く(2)この不動状態が期日リズムに従って生起する(3)このとき「反応閾(はんのういき)」が上昇している(4)不動状態がねぐら(巣)で起こる(5)このとき特有な姿勢をとるとのことです。つまりあまり動かずいつも同じ時間帯に横になって眠ることである。この睡眠はヒトだけではなく哺乳類や爬虫類、両生類、魚類、昆虫などにもみられる現象である。
・行動睡眠の特徴
行動睡眠の特徴とすれば「摂食行動との関連」でエネルギー収支と結びついていると考えられている。動物が周期的に活動期と無活動期(不動期)を繰り返すという行動において、その無活動期に体温と代謝活動を低下させてエネルギー消費を節約し、エネルギー保存モードに切り替えることで十分なエネルギー保存モードに切り替えることによって、充分なエネルギーを食物として摂取できない環境状態を回避するための手段として睡眠行動を獲得したとされる。また、そのようなエネルギー保存状態では外敵に対する防衛能力が低下しているので、外からの軽度な刺激に反応せず動きを抑制し、一定の防御的姿勢で、攻撃されにくい巣穴などの場所で寝るものが、種として生き延びたと考えられる。したがって睡眠行動は、生物学的にみると個体を存続させるために進化した積極的能動的な適応行動として位置づけられ、学習などによらず生まれ持った本能行動としてヒトにおいても受け継がれていると考えられる。
・夜眠るヒト
ヒトについては、日中に活動して夜間に休むという昼行性動物としての形質、しかも夜間にまとまった時間の行動睡眠をとるという特徴を人類数百万年の進化の過程で獲得してきたと考えられる。この夜間に「主睡眠」をとることが出来るという特徴は、人の遺伝情報に刻まれた約束事であり、大脳も含めた心身機能の維持や活性化に大いに貢献する重要な機能を考えられている。生理的(脳波)睡眠の土台には昼行性の行動睡眠の存在が不可欠である。
・脳の発達に関連する生理的(脳波)睡眠
行動睡眠に対して、脳波、眼球運動、筋電図の電気生理学的指標により定義さてるものが「生理的(脳波)睡眠」であり、ノンレム睡眠(徐波睡眠<SWS>)に対応する徐波・ゆっくりした眼球運動・骨格筋活動の低下とレム睡眠(逆説睡眠<PS>)に対応する速波・急速眼球運動(REMS)・完全な骨格筋活動の消失などの現象が特徴的な状態として観察される二種類の睡眠が、電気信号の波形で区別される。生理的(脳波)睡眠が見られるのは恒温動物の鳥類と哺乳類に限られ、動物の恒温性の獲得並びに大脳の発達と並行して睡眠も進化してきたと考えられている。つまり脳(特に大脳)を管理する仕組みが必要になり、生理的(脳波)睡眠が形成されてきたと考えられている。特に人間の大脳では、前頭連合野(前頭葉とほぼ重複)と頭頂連合野(頭頂葉とほぼ重複)が他の動物と比べて特異的に発達し、大脳皮質で占める割合も大きくなっている。そのため大脳を管理する仕組みが他の動物に比べてより重要になり、睡眠構造が複雑化してきたと考えられている。
【参考文献】睡眠環境と寝具「睡眠編」 京都工芸繊維大学 小山恵美